人体を構成するすべての細胞は精子と卵子が受精してできた一個の受精卵に由来する遺伝子のコピーを受け継いでいます。遺伝子は人体の設計図で、その情報は正確に複製され受け継がれますが、遺伝子の複製に不具合が起きると様々な病気の発症の原因となります。そのような変化は親から受け継がれる以外に、その人に初めて起きた遺伝子の異常である場合もあり、症状の出方は千差万別です。
遺伝子診療科の外来では、まずご本人の病歴や家族歴を詳しくうかがって病気の家系図を作成し、遺伝的リスクを評価します。そして遺伝性の病気が疑われる場合には遺伝子検査で診断をつけます。遺伝子検査は保険診療で実施可能なもの、自費の検査で可能なもの、研究として無料で行なっているもの等様々なので、詳しくお話しを伺ってから決めています。これまでは遺伝性のがんを中心とした遺伝子検査を行なっていましたが、最近は保険診療でも指定難病等に関連する190種類以上の遺伝子検査が保険診療で実施可能となってきました。
※1:杏雲堂病院は指定難病医療機関で、各種指定難病の遺伝学的検査にも対応していますが、遺伝子診療科を受診される際は必ず指定難病医療機関の主治医の紹介状が必要です。
難病医療費助成指定医療機関一覧
遺伝子診療科長の菅野です。私は国立がんセンター病院(現国立がん研究センター中央病院)で30数年前に遺伝子診断の研究を始め、1998年頃から国立がん研究センター中央病院遺伝相談外来(現遺伝子診療部門)、栃木県立がんセンターがん予防遺伝カウンセリング外来(現ゲノムセンター)、慶応義塾大学病院遺伝相談外来(現臨床遺伝学センター)等で遺伝カウンセリングと遺伝子検査を行う外来を立ち上げてきました。佐々木研究所附属杏雲堂病院では2021年から遺伝子診療科の外来を担当しています。
遺伝カウンセリングでは、染色体や遺伝子が関係して発症するヒトの病気と遺伝に関係する様々な問題についての相談を受けています。クライエント(来談者)は、不安・心配、困っていること・悩んでいること、疑問・質問、考えや意思について自由に話すことができます。患者さんだけでなく、ご家族の方も受診いただけます。
必要に応じて専門の診療科を紹介し、適切な医療が受けられるよう調整します。対話と情報提供などを通して、クライエントが抱えている問題に向き合い、その状況に適応していくことを支援します。臨床遺伝専門医が担当し、認定遺伝カウンセラーが同席することもあります。
ご予約:外来予約センター | |
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電話番号 | 03-3292-2058(外来予約センター直通) |
予約受付時間 | 月~金 9:00~17:00 第1,第3土 9:00~12:00 |
外来日 | 月 13:00~17:00 火 14:30~17:00 第1,第3土 9:00~12:00 |
杏雲堂病院 遺伝子診療科 sasa-kyoko@po.kyoundo.jp 菅野康吉(臨床遺伝専門医) 平岡さゆり(認定遺伝カウンセラー) |
遺伝性疾患の遺伝子検査には保険診療で行われるものと自費診療あるいは研究として行われるものがあります。
現在保険適応となっていないリンチ症候群等の遺伝子検査は研究として実施しています。この場合は初診料、再診療等を除いて費用はかかりません。研究として実施した遺伝子検査で病的バリアントが見つかった場合やご家族が同じバリアントを保有しているかどうかを調べる場合には、そのバリアントの有無を確認するために検査会社で自費の検査を受けていただく場合があります。
◆ がんが発生するメカニズムと遺伝性のがん
ヒトには元々、がんの発症を抑制する「がん抑制遺伝子」というものがあります。この遺伝子に変化(病的変異)が起き、細胞分裂が異常になりがん化します。遺伝により発症するがんの多くは、この「がん抑制遺伝子」に、生まれつき変化がある(変異している)ことにより、発症するといわれています。
普通のがんと遺伝性のがんの違い
◆ 遺伝子検査の対象となるがんの特徴
遺伝性のがんが疑われて遺伝子検査が行われるケースは次のような特徴があります。
① 若いのにがんになる | ||
遺伝性のがんは、通常のがん発症年齢よりも10~20才若く発病すると言われています。30~40才以下の若年で発症した場合には、遺伝的な原因が関係していることがあります。 |
② 家族にがんが多い | ||
遺伝するがんの多くは常染色体顕性(優性)遺伝という形式で伝わります。これは、男女の性別に関わりなく親から子供に50%の確率で遺伝子が受け継がれるということです。もしご両親や兄弟があなたと同じようながんにかかっている場合、さらに父方か母方のどちらかの家系にがんが多発している場合には、遺伝的な原因が関係していることがあります。 |
③ 何回でもがんにかかる・いくつも違ったがんができる | ||
一度がんにかかって完全に治ったあとも、同じ臓器の別の場所、あるいは別の臓器に新たにがんができることがあります。多発がん・多重がんの発生には遺伝的な原因が関係していることがあります。 |
④ がんの家族歴が認められない、あるいは不明である | ||
がんの原因となる遺伝子を保有していても発症しない場合があります。あるいは親が早く亡くなっていて、死因が不明であるような場合もあります。このような時も遺伝子検査を受けることで診断が可能になることがあります。 |
家族性高コレステロール血症は、LDLコレステロール(悪玉コレステロールと呼ばれています)が血液中で高くなり、若いときから動脈硬化が進んで、血管が細くなったり詰まったりする病気です。特に心臓の血管(冠動脈)に影響が大きく、心筋梗塞や狭心症を引き起こします。
一般人口の300人に1人程度おられる比較的高頻度の遺伝性疾患です。重症のケース(ホモ接合体と呼ばれます)は36~100万人に1人以上の頻度と言われており、ホモ接合体性の場合には指定難病となります。
LDLコレステロールは通常、肝臓で大部分が処理されます。しかし、この病気の患者さんでは、血液中のLDLコレステロールを肝臓で処理できないか、処理する能力が低いため、その血液中濃度が上昇し、血管壁にたまって動脈硬化が進みます。
心筋梗塞の発症は、男性では20歳代から、女性では30歳代から始まります。このように、若い年齢で心筋梗塞を中心とした動脈硬化性疾患を起こすのが特徴です。重症の場合、幼児期に心筋梗塞を発症することもあります。このような体質が遺伝するので、親、兄弟、叔父、叔母、祖父母、子供など、血のつながった方の中にも同じようにコレステロールが高く、心筋梗塞、狭心症などの心臓病が発症する人が多いことも特徴です。
この疾患の遺伝学的検査は、診断基準に一致する場合は保険診療で受けられます。検査費用と検査前後の遺伝カウンセリング費用等を含め、3割負担の方では、約2万2千円程度になります。診断基準に合致しない場合、あるいは親がFH遺伝子検査で陽性かつ子供が未発症の場合の子供の遺伝子検査は自費診療となります。
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年度版 成人(15歳以上)FHの診断基準
● 他の原発性・続発性脂質異常症を除外した上で診断する。
● すでに薬物治療中の場合、治療のきっかけとなった脂質値を参考にする。
● アキレス腱肥厚はX 線撮影によリ男性8.0 mm 以上、女性7.5 mm 以上、あるいは超音波によリ男性6.0 mm 以上、女性5.5 mm 以上にて診断する。
● 皮膚結節性黄色腫に眼瞼黄色腫は含まない。
● 早発性冠動脈疾患は男性55歳未満、女性65歳未満で発症した冠動脈疾患と定義する。
• 2 項目以上を満たす場合にFH と診断する。
• 2 項目以上を満たさない場合でも、LDL-C が250 mg/dl 以上の場合、あるいは2 または3 を満たしLDL-C が160 mg/dL 以上の場合はFH を強く疑う。
● FH 病原性遺伝子変異がある場合はFH と診断する。
● FH ホモ接合体が疑われる場合は遺伝学的検査による診断が望ましい。診断が難しいFH ヘテロ接合体疑いも遺伝学的検査が有用である。
•この診断基準はFH ホモ接合体にも当てはまる。
● FH と診断した場合、家族についても調べることが強く推奨される。
重度家族性高コレステロール血症と
冠動脈疾患(CAD)の有病率に対する臨床所見と遺伝子診断のインパクト
LDL-C≧180mg/dL (15才未満≧140mg/dL) 20,453件中942例(4.6%) データ不備を除く636例の解析 (CAD、臨床所見不明、遺伝子検査未実施、FHホモ接合を除外) |
FH原因遺伝子 病的バリアントの有無 (LDLR/APOB/PCSK9) |
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なし | あり | ||
家族歴 and/or 腱黄色腫 臨床所見の有無 |
なし | Group 1 (n=76) Referrence CAD有病率 オッズ比 1 |
Group 3 (n=76) CAD有病率 オッズ比 3.4(1.0-10.9) |
あり | Group 2 (n=58) CAD有病率 オッズ比 4.6(1.5-14.5) |
Group 4 (n=424) CAD有病率 オッズ比 11.6(4.4-30.2) |
Tada, H. et al. Eur Heart J. 38:1573-1579, 2017.
BRCA1またはBRCA2という遺伝子に、生まれつき遺伝子が正常に働かない変異があるため、一般の人よりがんが発症しやすくなっている状態です。がんの既往歴にかかわらず、一般的に200~500人に1人がHBOCに該当すると言われています。
BRCA1またはBRCA2別のなりやすいがんは以下のようなものがあります。
BRCA1/2遺伝子病的バリアント保持者の85才までの各種がん種の累積罹患リスク
大腸がんや以下のようながんの発症リスクが高まる疾患です。全大腸がんの2-5%程度と考えられています。ミスマッチ修復遺伝子(MSH2・MLH1・MSH6・PMS2)の変異で起こります。
リンチ症候群関連遺伝子病的バリアント保持者の80才までの各種がん種の累積罹患リスク※1
家族性腺腫性ポリポーシスは、APC遺伝子の変異を原因とし、大腸に若い時から大腸(腺腫性)ポリープができて、年齢とともに数が増えて、ポリープが100個以上できる病気です。大腸ポリープは年齢ともに増加するだけでなく、やがてがん化します。典型例では、10歳代で大腸にポリープができはじめ、徐々に数が増え、放っておくと40歳代までには約半数の方が、60歳代にはほぼ100%大腸がんになるといわれています。このため大腸ポリープが大腸がんになる前に、大腸を切除するなどの処置が行われます。
また、名称からは大腸だけの病気のように思われますが、胃や十二指腸、小腸にポリープ、甲状腺がん、骨腫瘍、デスモイド腫瘍という軟部腫瘍など、大腸以外にも症状がでます。
最近は次世代シークエンサーと呼ばれる機械が開発され、複数の遺伝子を一度に調べる遺伝子検査が登場しています。